丸山真男の特高体験は、晩年の随想である『「君たちはどう生きるか」をめぐる回想』(全集11巻)、『昭和天皇をめぐるきれぎれの回想』(15巻)、そして内山秀夫のゼミに参加した講義録である『日本思想史における「古層」の問題』(16巻)などに詳しく登場する。二・二六事件が起きた昭和11年、一高の2年生のとき、都内で開かれた
唯物論研究会の講演会を聴きに行き、その場で特高の刑事に検挙され本富士署に連行された。元富士署は現在も同じ場所にある。一高・東大の「左翼分子」を摘発して拷問する特高の拠点がここにあった。同じように三高・京大を管轄領域として特高が治安維持法の取締任務に精励したのが、左京区の川端署だった。それでは、長くなるが、『昭和天皇をめぐるきれぎれの回想』から引用したい。「検挙のきっかけなどについては省略する。ただ、私は一高の寮内でもかなり熾烈であった左翼運動に何ら関わりを持たなかったにもかかわらず、特高の張りめぐらした網にかかった、という点だけを言っておこう。取調べの際に特高は私から押収したポケット手帖を机上に置いていた。そこには無数に赤紙の小片が貼札され、その一個所一個所について私は峻烈に尋問された。私にとって最も意外であり、また心外に思われたことは、特高が『貴様は君主制を否定しているな』と言ったことであった。(中略)特高は手帖の中に私が書き込んだ数行を指してそう言ったのである」(丸山真男集 第15巻 P.21)。