憲法9条の意義を不当に軽んじる想田和弘の発言に対して、数は少ないが、護憲の立場から真摯な批判が上がっている。この国の憲法は平和憲法と呼ばれ、前文と9条こそに特徴があり、主権在民や基本的人権の原理を基礎づけるに当たっても、「
政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」という前提の上で導出していて、こんな原理構造を持った憲法は他の国にはない。日本国憲法の三原則と呼ばれるものが、決してフラットな並列関係で配置されているのではなく、ラディカルな平和主義が先行した形で構成されていることは、
前文を読めば誰でも一目で分かるものだ。それは、第二次大戦の深刻な反省から来ている。華麗な人権カタログを並べた憲法を擁した近代国家が、一度ならず二度までも大きな戦争をやって、国民の生きる権利を根こそぎ奪うという体験をしたから、平和主義の理想を基本に置かないと民主主義も基本的人権も守れないという結論に至ったのである。想田和弘は、憲法9条は付属品であり、サブセットのオプションだと言うのだが、日本国憲法の姿はそうなってはおらず、前文と9条こそが土台であり核心となっていて、人類史的に先進の憲法と呼ばれる由縁のものとなっている。歴史的に新しい日本国憲法は、それ以前の憲法に比べて戦争を強く意識しているのであり、パリ不戦条約の精神が生きているのだ。