芸術の秋。東京国立博物館で開催中の『
中国 王朝の至宝』展を見てきた。昨年は震災と原発事故があり、こうした展覧会に足を運ぶ気分になれなかった。久しぶりに上野公園を歩いたら、いつの間にかスターバックスやパークサイドカフェの
小洒落た店ができている。公園の風情に合わせた瀟洒な設計で、訪れる客にも便利に違いないが、公園の景観や印象が変わってしまった点は否めない。
民活の契機が無造作に差し込まれ、上野公園らしさがなくなってしまった。猪瀬直樹の仕業だろう。パブリックなものに資本主義の論理を突き刺さずにはいられない病気の男。人混みの上野駅から公園に入り、ケヤキやクスノキの木立ちが並ぶ大きな空間に出て、噴水前を通って長い距離を歩くのは、東博に入館する前の大事なアプローチの時間だ。正面奥にある芸術鑑賞に至る前の、日常から非日常に心を置き換える助走路なのである。この空間に民活を持ち込むのは似合わない。上野公園はパブリックそのものであるところに命がある。近代日本が国民のために設えた憩いの公共空間だ。今回、平成館は思ったより人が少なかった。秋に開催する東博の特別展にしては、会場の集客が少ない。そして、来場者の年齢が高く、若い人が少ない。尖閣問題の影響だろうかと案じる。事前の宣伝もしていない。ちなみに、上野の森美術館のツタンカーメン展の方は、入場30分待ちの行列だった。