隠されし座・京都テクスト
第1章 京都府向日市物集女町・第二回生病院
黒いボートの黒い水に浮かんで、ボクは漂流した。
空振りだった。
カークランドの豪快な空振りだった。
誰が、どこで、何を考えようと構わないが、よりによってボクは一九七〇年のタイガースの、カークランドの空振りを思い出した。
ピッチャーは堀内で、ツーアウト・フルベース・ツースリーだった。
堀内が大きく振りかぶり、切れの良いカーブを投げ込む。カークランドのバットが空を切る。
堀内がベンチへと歩き出し、カークランドはヘルメットを地面に叩きつける。
そういう時代があったのだ。
誰にでも予想できる結果が、すんなりと達成されるという時代だ。
その結果に対して、誰もが納得した時代だ。
ツーアウト・フルベース・ツースリー。誰が考えてもカーブだった。
日本中がカーブを待っていた。
しかるべき時が来て、堀内はカーブを投げ、カークランドはカーブを打つためのバットを振る。
そしてボールはバットに当たらず、豪快な空振りと観衆のどよめきだけが残された。
誰が善で誰が悪か、善は常に勝ち、悪は常に滅びる。
ボクにとっての一九七〇年は、そういう時代だったのだ。
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