【moral】 /BL
第4章 僕の世界。
求められるのは心地のいいものだった。「愛してる」と囁かれれば、自分にも少しは価値があるように思えた。拙いキス、懸命な愛撫、余裕のない突き上げも、いつか僕の肌に馴染んで行った。知らず僕は稔を待つようになっていた。家族に対する罪悪感がないわけじゃなかった。僕はきっと許されないことをしている。だが背徳を意識すればすれほど、それは甘い蜜のようで、僕はそれを手放すことができなかった。ただ伸ばされる手に縋り、その甘い匂いに酔い、与えられる痛みと快楽に溺れた。稔の僕への想いはきっと刷り込みみたいものなんだろう。だけど、いつか稔に本当に好きな人ができて僕のもとを去るまでは、それまではこんな僕でも誰かに愛されているんだと、そう感じていたかった。
いつの間にか僕の中の義兄の顔には二つの笑窪ができ、それが義兄なのか稔なのか、僕にはわからなくなった。
夕方になると稔が来るのを部屋の隅で膝を抱えて待った。稔が来る日も来ない日も。元々僕には曜日の感覚なんかない。鍵はかけないまま、ただぼんやりと部屋の扉が開くのを待った。これは「依存」だ。愛とか恋とか、きっとそんなロマンチックなものじゃない。僕は誰に抱かれてる?稔か、それとも義兄の影か。僕にはわからない。稔の来ない夕方、独りきりの夜、不思議と外に出て別の相手を探す気にはならなかった。
稔がドアを開け、僕に微笑みかける。広げられた腕の中、子供みたいに僕は飛び込んで行く。そして虚構の甘い時間が、始まる。
時々、稔は僕を外へ連れ出すこともあった。何駅も電車に揺られて連れて行かれるのは大概、海だった。稔は海が好きだった。砂浜やテトラポットに並んで腰を下ろし、何時間も海を見つめる。僕も元々無口な方だし、稔も口数が多い方ではなかったから多くの時間はぼんやりと水平線を見つめて過ごした。ある時、何が楽しいのか稔に聞いてみたことがあったが、稔は
「並んで海だけ見てたらさ、この世界に春ちゃんと俺だけしかいなくなったみたいで、なんかワクワクしない?」
なんて笑った。僕の世界の中、そこにいるのは僕と……。
8