唄う鳥・嘆く竜(前編)
第5章 【 収穫祭 】 夜に啼く鳥 ~ デーゲンハルト ~ その1
軽い杯を持ち上げ、中の酒を飲もうとして空になっていたことに気がつく。
なんだか上の空だ。
せっかく未だかつて食べたことのないような贅沢な食事を前にしているというのに、心が浮き立つような気持ちになれない。
目の前の料理に魅力を感じないと言えば嘘になるが、何だか食欲が沸かなくてなかなか手が進まない。
気がつくとボンヤリとしている。
さっきのウォルフとのやりとりが、頭の中で浮かんでは消え浮かんでは消えと繰り返している。
意識してやっているわけではない。
気がつくとさっきの事を何度も思い出しているのだ。
思い出しては胸がドキドキして落ち着かなくなる。緊張ではなくて期待ではない。
…こんな気持ち、はじめてだ。
はじめて感じる感情にクラウスは困惑していた。
ぼんやりと皿をつついていると、後ろから声をかけられた。
「隣の席、空いてますか」
低い男の声がする。
振り返ると筋肉質で大柄の貫禄のある三十代後半から四十代に見える男性が立っていた。
表情は穏やかで深く知性をたたえた瞳。
きっちり目の詰まった布となめした皮で出来た服を着て、太い革ベルトをしている。
ベルトの脇に残った凹みから、普段は剣を携えた人種であることが伺えた。
顔だけ見ると学者のようにも見えるが、体格と服装から高位の騎士にも思えた。
それとも遠方と取引があり自分の身は自分で守らなければならない商人か。
いずれにしても庶民とは違い、使える金の桁が違う人種であることは確かだ。
金持ちの気配を察して、クラウスは自然に営業用の笑顔を向けた。優美で艶があると評判の表情を浮かべた。
「ええ。どうぞ」
クラウスの笑顔を受け、男性はにこやかに笑った。
笑うと人懐っこいような素朴な顔がのぞく。
人を安心させるような笑顔だった。
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