不夏思議起端
第1章 びっくり箱の中身は
すると、そんな彼女を現実に引き戻すつるの一声が店の奥からようやく聞こえてきた。
「榊くん、こっち」
姿はないが確かにその声は彼女が【先生】と呼ぶ人間のものだったようだ。百面相からぱっと笑顔に変わり、声を頼りにいくつもある店内の扉を開いていく。
そうして2つほど開き終えて、3つ目の扉にドアノブに手を伸ばした時だ。
「足元に気をつけて入ってね」
扉の向こうから確かにそう聞こえた。3度目の正直、とはこのことか。少しだけビックリ箱を開ける時のような緊張感を胸に潜ませつつ、そらはぐっとドアノブを握り締め扉を開いた。
「…あれ?」
しかし、箱の中身はカラだった。
誰も、扉の先にはいなかったのだ。扉を開いたそらの視界に飛び込んできたのは、まるで部屋を細かく仕切るかのように並べられた自分よりはるかに背の高い本棚たちと、無数に床に散りばめられた本だった。
図書館を切り取ったような部屋。そらはそんな印象を受けた。
けれど、肝心の【先生】がいない。声は確かに聞こえたはずなのに、肝心の姿が見当たらないのだ。いくら部屋を見渡しても本棚、本棚、本棚……。
「先生ー…?」
「あっ」
少し不安になり、呼びかけながら扉の近くの本棚の前を歩き始める。すると、頭上からその声は聞こえた。
「え?」
声の聞こえた方を仰ぎ見ると、その方向の先にあるのは天井と、今まさに落下してきている本だった。
それがわかったところで、時すでに遅く避けることもできず落下してくる本は思わず俯いたそらの後頭部へ着地した。
「…っいったぁー…なんで上から本が…」
本を受け止めた後頭部を片手で撫でながら、空いているもう片方の手で床へ寝そべる本を拾い、落ちてきた方向をもう一度見上げる。
そこでようやく、ビックリ箱の中身をそらは発見することができた。
「あーごめんごめん」
そんな気持ちいい程軽い謝罪が、見上げた先にある本棚の天井部へ腰を下ろしていた【先生】こと、【宮野夏目《みやのなつめ》】によって与えられる。
「ごめんごめんじゃないですよー! 私がお客さんだったらどうするんですかー?」
「うまく避けるさ、君は少々鈍臭い」
冗談っぽく頬を風船のようにふくらませて問いを投げるそらに、夏目は少々呆れ気味に小さなため息を混ぜ込み皮肉っぽく告げた。
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