雪天使~お前に捧ぐカノン~
第1章 ―プロローグ―
昼間はショッピングモール、夜はパブやカジノ等が立ち並ぶ歓楽街に姿を変えるこの地区。
そんな賑やかな外装の街のビル同士の間に挟まれる形で、一軒だけ似つかわしくない小ぢんまりとした、古ぼけた木造の教会が窮屈そうにして建っていた。
お蔭で日当たりも悪く、日中の大半を日陰の中に佇むこの教会もただでさえ古めかしい木造建築が手伝って、常時全体的に湿気が帯びている。
僅かではあるが黴臭さが鼻に付くのは避けられないこの空間で、その夜長い歳月燃え続けてすっかりこの教会と同じ様に古惚けてしまったある一つの命の灯火が、今正に燃え尽きようとしていた。
「神父様! しっかりして!」
短い巻き毛の赤髪をした幼女の、悲痛な声が響く。
その幼女の声に残り僅かな体力を振り絞りながら、湿っぽいベッドの上で横たわるショートの乱れた白髪に白髭を口周りに蓄えた痩せ細った老人は、皺だらけの咽喉の奥からやっとの思いで声を絞り出しながら答える。
「……この孤独な……老いぼれ……なんかの……最後を看取ってくれる……者がいて……心から……幸せに思うよ……」
そう言いながらゆっくりと片手を震わせながら上に持ち上げる老人のか細い手を、幼女は必死に縋り付く。
「さいごなんて言わないで! 神父様がいなくなったら私……! またひとりぼっちになっちゃうよぉ!!」
そのつぶらなライトブラウンの愛らしい幼い瞳からは、大粒の涙が滝の様にとどまる事無く溢れ出す。
その悲壮感有り余る程の清らかな涙を、老人は幼女が縋り付くその手の指で拭いながらそっと微笑みかけ、更に言葉を続ける。
「どうか泣かないでおくれ…私の可愛いカノン……。大丈夫……必ずお前の側で……見守っているから……」
その言葉を振り払う様に必死で幼女は叫ぶ。
「いやよ! いやいや!! おねがい! 行かないで!!」
……ここはこの古ぼけた木造教会の、祭壇の奥にある神父専用の小部屋。
そこで普段からこの老いた神父と幼女は二人っきりで衣食住を共にしてきた。
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