告白の行方
第10章 騙されてた気分
“大河の坊(ぼん)”とおじいさまが呼んでいる、名前しか知らない婚約者。正確には知る必要がないと思っていた相手。何しろ、長野以外の男の人を今まで視野に入れた事が無い里歌だった。その上、お互い家柄と財産だけで選ばれた相手だって事は百も承知している。だからきっと里歌と同じように、相手だって彼女に何も求めてはいない、そう感じていた。それに今更他の人を愛せるようになるとは思わないし、ましてや将来の花婿に新しい恋をするかもしれないだなんて妄想は抱かない。ただ一生を過ごす相手として、優しい人であって欲しいとそれだけを祈りながら、里歌は料亭の細長い廊下を静々と歩いていた。
初顔合わせの約束の時間まであと少し。着慣れない振り袖に、トイレにいくにしても一苦労だから、先に行くようにと口うるさい叔母が家を出た時から繰り返すから
「はい、そうします」
里歌は素直な女性を演じていた。
これから始まる憂鬱な人生をなんとか飲み込もうと、うつむきながら歩を進める。その時、
「あっ!」
里歌は目の前に立ちふさがっている男の逞しい胸にぶつかっていた。その彼の真っ白いワイシャツには彼女の赤い口紅の跡がくっきりと残っていて
「ごっ、ご免なさい!」
彼女はあわてて、体にフィットした三つボタンのスーツの男の顔を見上げた。
「えっ!?」
それは見覚えの有る顔で。
「どうしてこんな所に……?」
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