雪天使~お前に捧ぐカノン~
第3章 act,2:出会い
シャルギエルはエンジンを掛けたままバイクを停止させると、子供達を振り返り頷いた。
「ん? あぁ、まぁな」
その言葉に、更に子供達は無邪気に口々とはしゃぐ。
「うわ~ぁ! いいなあ!」
「おいらチビだからまだムリだけど、おおきくなったらこんなの乗ってみてえ!」
すると偶然側にあった小さな車の整備工の前で、パイプ椅子に腰掛け暇そうに新聞を広げながら、その様子を見ていた一人の中年男がぶっきら棒に声を掛けてきた。
「やめときな」
男はまるでレスラーの様に筋肉質な逞しい逆三角形の上半身をしたずんぐりとでかい体躯に、もみあげから繋がる口周りのこげ茶色をしたまるで金たわしを思わせるもっさりの髭を蓄えた、眼光鋭い男だった。それでも仕事上の理由もあるだろうが、スラムの住人らしくその容姿は汚らしい。
「そいつはドゥカティというメーカーのバイクだ。死に物狂いで働かねぇ限り、そう簡単にゃあてめえらガキ共どころかここいら一帯の連中共の身分じゃあとても手に入らねぇよ」
彼の見事に純粋な子供の夢を易々と打ち砕く容赦無い言葉に、それまで嬉々として目を輝かせていた子供達の表情は興醒めし、ブツブツ言いながらもドゥカティのバイクを名残惜しそうに何度もチラ見しながら、元居た場所へと散って行った。そんな子供達を無言で見送るシャルギエル。
自分にとって当たり前で特別珍しくもない“たかが普通”のバイクなんかに、ここまで関心を持たれた事が彼には意外に思えた。
周囲を見渡せばあちこちに数台バイクが駐輪されていたが、確かに彼のバイクなんかとは比べ物にならない安っぽいボロバイクばかりで、本当にその役割を果たすのかすら疑わしい。中にはまるで自転車にエンジンが付いた感じの安易的な酷いバイクまである。少年にとってはそんなバイクが世に“バイク”の名目で存在している事の方が、よっぽど珍しく思えた。
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