雪天使~お前に捧ぐカノン~
第3章 act,2:出会い
「おいあんた」
例の男に呼ばれ、少年はエンジンを掛けっ放しのドゥカティに跨ったまま振り返る。
「恐らく何も知らずに暇潰しでノコノコとこんな所に来たみたいだが、ここはあんたみてぇな上級クラスのガキが来ていい所じゃねぇ。だがここでその身なりで命(たま)守りてぇんなら、もう少し先に行きゃああんた等と同じ上流階級の人間共が集まって、表じゃ出来ねぇ遊びをする店がある。そこのパーキングにゃあそのバイクみてえな高級車が何台も駐車されてっから、そこにそいつを駐輪すりゃあ、絶対に盗まれはしねえぜ。暗黙のルールでここらの悪共でも、その辺の掟はしっかり守りやがるんだ。自分の命(たま)が大事だからな」
男の言葉にキョトンとするシャルギエル。
すると男は鼻で笑うと、それまで手にしていた新聞をたたんで、手近にある工場の棚に置くと言った。
「意外ってツラだな。てめえ見るからに普段は至れり尽くせりの箱入り並みの上流家庭で育てられたお坊ちゃまが、そんな豪勢な毎日に飽き飽きしてこういう低級社会への好奇心に煽られて、人生の余興にブラリとやって来たってとこだろう」
見事に図星を指されて、意地を張ろうにも相手の鋭い眼光に見透かされた気持ちになり、格好がつかずについ頭に手をやる。
「ま、てめえがどこまでこの世界に付いていけるかは知らねえが、大人のそういう金持ち連中にも表じゃ出来ねえ悪い遊びをしたがる奴がいるのさ。その存在を匿う為にお忍びとしてあるのがこのスラムにただ一軒のセレブ専用娯楽施設、“シークレットセレブリティクラブハウス”通称《SCC》と呼ばれる店だ。そこだけは法律もモラルもねぇからポリ公も目を瞑る。でなきゃ自分の立場が危ねえからな。結果的には無法地帯って訳だが」
男はここまで言うと一旦言葉を切った。そして汚れの目立つグレーのジャケットにあるポケットから、しわくちゃになった紙包みを取り出した。更に同じく少しヨレた煙草を一本取り出して口に銜えるとライターで火を付ける。それから大きく煙を肺に吸い込み主流煙を鼻や口から吐き出すと、再び言葉を続ける。
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