雪天使~お前に捧ぐカノン~
第1章 ―プロローグ―
しかし、暫く待ってももう返事が戻ってくる事はなかった。
「……いや……目をあけて……死なないで神父様……っ!」
必死でもう物言わぬ老体を、両手で揺すり起こそうとする幼女。
「……ありがとうはこっちの方よ……私は神父様になにひとつだって……してやれなかった……! 神父様が孤児の私をまちでひろってくれたから私はこうして……! 神父様――!!」
息絶えた老人の胸に顔を伏せて嘆き悲しむ哀れな幼女は、血の繋がりはないが大切なたった一人の保護者の人間を失った。
そんな悲しいドラマが起こっている事など、外の教会の側を行き交う者は誰一人として気付く事もなく賑わい魅せる夜の街の騒音の中で時さえも、無情に何事も無いかの如く先へと続く未来だけを刻んでいた。
こうして僅か七歳の幼女は再び孤独の身となって宛ての無い外へと放り出されると、教会は待ち兼ねたかの如く何の余韻も残さぬ程の早さでたちまちの内に取り壊されて、その跡地には高級ブティック店が建てられた。
街は瞬く間に移ろい、今までそこにあった街にとっては忌まわしきあの邪魔な古教会があった事など微塵にも感じさせなかった。
そして行き場を失くした幼女は、七歳という年で孤独の内に何処へともなくふらりとその街から姿を消した。
神父と過ごしたのは僅か二年と少しだったが、本当に幸せだった。
それまでみなしごとして町から街へと彷徨い続け、もう精魂就きかけて教会の前まで来た時に中からオルガンが奏でる音楽が聴こえた。
当時五歳の幼女はその曲に導かれる様に教会のドアを開けて見ると、老神父がたった一人オルガンの前に座っていた。
そこでそのまま意識を失って倒れた小さな幼女を、老神父は拾ってくれたのだ。
ではその年になるまでの、特にこの世に生まれて幼児自立が完成する頃までの数年間どうやって生き延びられたかというと、そんな事など当の本人はとっくに忘れていた。
ただ気が付いたら路地にたった一人、生ゴミを漁ったりして食を得て生きる事に必死になっていた。
それは正に野良猫の如くに。
とりあえず本能が働くままに、必死に生き延びようと幼いながらに無我夢中で生きていた。
そんな野良の生活に再び幼女は二年振りに戻った。
ただそれだけの事だった。
――そうして六年の歳月が流れた……。
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