MaraSon Part2
第2章 2
ドアーチャイムが鳴ったのは、一時五分前だった。この几帳面さ。大樹君に違いないと思った。僕はいそいそと玄関に走って、ドアスコープを覗いた。そしてぎょっとした。
魚眼レンズの歪んだ視界には、ちょこんと立った大樹君が見えた。上は胴部がほとんど黒に近いグレー、袖が白のスタジャン。下は同じく濃いグレーの、たぶんジーンズ。トラディショナルなファッションだ。それはいい。しかし彼は一人ではなかった。ずいぶんからだの大きい大人が、横に立っている。
僕はからだを翻してドアにもたれ、心臓が口からせり出してくるんじゃないかと思うほどの衝撃を何とかこらえようと胸を押さえた。
大樹君は約束を破った! 横にいるのはたぶん父親だ。大人一人きりだから警察官じゃないだろう。警察なら、大樹君を伴ってくるわけもない。
でもどういうつもりだ? 大樹君の父は、僕に暴行を加えでもして、ビデオを取り戻すつもりだろうか。それは無駄な努力だ。デジタルの時代に、オリジナルの一本を回収したって何の意味もない。無限に産み出せるコピーが、オリジナルと等価の意味を持つからだ。だが彼が、そんなことを理解しているかどうかはわからない。あるいはただ、復讐するつもりか。僕を半殺しにでもして。あるいは殺意さえ抱いているのか。大樹君の肉親ならそのくらいの思いを持って当然のことを僕はした。その自覚はある。
逃げ場はない。ベランダから出ようなんてバカげた考えだ。一時的に逃げたって、意味はない。大樹君自身以外に、僕の行為を知られた時点で終わりなんだ。
腋の下から流れる、嫌な汗が止まらない。
「先生、先生? 大樹です。こんにちは」
僕の家にはインターフォンはない。大樹君は遊びに来た親戚の子みたいに、ドアの向こうから僕に呼びかけている。ドアをノックした。一体どうなってる? 彼の父親が僕に復讐する気なら、息子を連れてきたりするか? その復讐の意図が過激であればあるほど、だ。彼らの意図ははっきりしない。僕には「保険」がある。どうせ逃げられない。ひらきなおれ。
11
NIGHT
LOUNGE5060