MaraSon Part2
第2章 2
僕は大げさにため息をついた。
「二万円じゃ足りなかったわけだ。まあそういうことなら、確かに話し合う余地はある。一体いくらほしいんだ?」
大樹君は隣の父親の顔をちょっと覗き込んで、疑問形で言った。
「……三百万……?」
「さんびゃくまん!?」
僕は思わず大声でおうむ返ししてしまった。相当驚いた。三百万? 小学生が一体、何に使う? この親父。僕はうつむくごつい男にちらっと視線を走らせた。本当に金が必要なのは、こいつじゃないのか? 借金でも、あるんじゃないのか? 我が子のからだを道具に、僕を脅迫するのか? しかも他ならぬ息子の口を使って。見下げ果てた父親だ。人のことは言えないとわかってはいるけどね。
「僕、奴隷ですよね。先生は奴隷は家畜と同じだって言いました。例えば先生が僕を誰かに売るとして、僕、三百万の値打ち、ないですか?」
「まままま、待ってくれ!」
僕は慌てて両手のひらを出して、大樹君の言葉を遮った。父親の前で奴隷奴隷とか連呼しないでほしい。どこまでこの親父が事情を聞かされているのか、あるいはビデオを見てしまったのか、わからないけど、刺激的すぎる。
「だいたい大樹君、三百万も何に使うんだ? しかも自分のからだ、っていうか大事なものを犠牲にして、だよ。君の値打ちは、本当はお金なんかに換えられないはずじゃないか」
言い分がまともすぎて口が腐りそうだ。でも言わずにいられなかった。
大樹君はまた、僕の目をまっすぐに射た。
「私立の中学校に、通いたいんです」
完全に想定外の答えだった。私立の中学校三年間の学費、諸費、入学金。確かに、三百万あれば、賄える。学校によって差はあるにしても。
「待てよ。そんなことのために、君は大事なものを犠牲にするのか? 学校で人生が決まるわけじゃないぜ。僕を見ろ。僕は国立大の医学部を出て、医者になった。確かに社会的には成功者の部類さ。最近特に不景気だしね。だけど君は、僕みたいな人間になりたいわけじゃないだろう?」
多分に自虐的な物言いだが、本音に近い。でももしかしたら、先週の体験は、大樹君にとってそんなにひどいことではなかったのか? 受け入れられる、あるいは望んでいたような世界だったのか?
14
NIGHT
LOUNGE5060